随想日記【秘話】

随想録です。

記事を書くということ

 私にとって、各種媒体に記事を書くことは、自分の論考・考察を表現するための活動であったし、それは今も変わっていないのである。ただし、記事のテーマが、多少なりとも、時事問題の際どい部分に触れることもあり、いささか刺激的な文体や内容になってしまうことは否めなかった。現代小説のような、柔らかい表現で表現することもできたであろうが、社会情勢の停滞や国際情勢の不安定化の中で、そのような刺激的な表現になったことは、時代の要請でもあり、急を要することでもあったので、致し方ないことだろう。

 

私には、数字に関する興味もあるが、言語に関する興味も強くある。一応、表面上は日本語が母国語ということになっているが、事実上の世界共通言語でもある英語と共に、ロシア語・ドイツ語・朝鮮語に特に強い興味を持っている。いくつかの言語に触れるということは、それらを使う民族の文化や思想的側面に触れることでもあり、非常に重要なことだと思っている。確かに、私の日本語運用能力は、一般的な意味での「日本的な」ものとは異なっているのかもしれない。しかし、短文で企画や意思などを表現するような類のことは、短歌・俳句も含めれば、昔から言われてきたことでもあり、高度情報化社会となり、140文字制限のTwitterが登場したことにより、その文化が一気に拡散したと言えるだろう。

 

時事問題に関する文章表現に関しては、かなり高度化して飽和してしまった感があるので、このような随筆のような文章も書いていこうと思っている。